ESSAY

たしかに変わっていた

自転車のブレーキシューが減っていた。シューだけ交換できるタイプだ。ただ、家の近くのサイクルショップでは、シューだけの交換はしてくれない。ネットで検索し、自転車で15分ほどの場所にある少し離れたサイクルショップ(BLUE LUG)まで行くことにした。

そこでシューの交換をお願いすると、リムの消耗が激しいと言われた。交換したほうがいい、と。提案されたリムとその見積もりを見て、少し迷った。わからないことをいろいろ聞くと、とても誠実で丁寧な説明を受けることができ、納得できた。

結局、フロントとリアのリム交換、フロントのタイヤ交換、前後のブレーキワイヤーとブレーキシューの交換まで、まとめてお願いすることにした。作業には2時間程度かかるらしく、店の近くでその時間を潰すことになる。BLUE LUGは、25年ちかく前に住んでいた家からおそらく1キロくらいの場所だったので、そのあたりまで、歩いてみることにした。

 

25年=四半世紀ちかくも前のこと。景色は別物になっていると思っていた。歩いてみると、なくなった建物や店はたしかに多いが、思いのほか残っているものもある。大きな再開発みたいなものは、ここには来ていないらしい。思いのほか空気感が変わっていないことに驚いた。

当時のことが脳裏によぎる。その生活はひどく荒んでいたが、やはり楽しさや面白さもたくさんあったのだと思い出される。とは言え、あのままだったら、この歳まで無事に生きることは難しかっただろうと思う。

さまざまな記憶が次々と頭に浮かび、ひとつずつ言葉にはできそうにない。大通り、商店街、横道、路地裏、住宅街、どこを歩いても、当時の雰囲気がそこにはあった。

当時住んでいた家まで行ってみた。

家は今もあった。外壁の一部が補修されたようだが、建物自体は変わらない。住んでいた部屋の窓も、変わっていない。同じ区画内に、見慣れない店がひとつできていた以外は、周りの家や風景もほとんど当時のままだった。

いろんなことが思い出されて、ひとりでニヤつきそうになるので、平静を装うのが大変だった。

忘れられない忌むべき出来事が起きたのも、この家に住んでいた時だった。だから四半世紀ちかくの間、あえてこの場所に近づこうとしなかったんだろうと思う。

そんなことを思い出しながら、近くの神社に行って手を合わせた。そこで、たまたま見つけた「清めの塩」を買った。それをポケットの中で握りながら、その出来事の最終現場となった地にも行ってみた。

 

入口付近に、歩道をガードする鉄のアーチが設けられていた。それ以外は、ほぼ当時のままだった。その場で少し胸が痛くなった。それは抽象的な意味ではなく、実際に心臓が締め付けられるような痛みを少し感じた。

大きく息を吐いた。また駅前へ歩いて戻り、当時よく行っていた高層ビルの展望階に上がった。狙ったように、日が落ちるタイミング。空がやたらときれいに見えた。

 

その街が今の自分を認めてくれたような、おかえりと言ってもらえたような気がした。

そのときBLUE LUGから電話が来た。まもなく作業が終わるという。

Spotifyで適当に選んだプレイリストを聴きながら店へ向かった。当時よく聴いていた曲が流れてきて、つい口元がゆるむ。

 

仕上がった自転車を受け取った。お礼を言って、帰路についた。少し走りだすと自転車が以前とはまったく違っていることに気がついた。軽い。早い。よく転がる。乗り心地が格段によくなっていた。

 

「リムはフレームの次に、大きなパーツですから」

迷っていた自分に、丁寧に説明してくれたサイクルショップの方はそう言っていた。

「(リムを替えたら)めっちゃいいじゃん、って感じになると思いますよ」と。

本当だった。

たしかに変わっていた。

-ESSAY